知人から「東北きのこ図鑑」を頂戴しました。高価な本で、恐縮しています。ご本人は、きのこはあまり好きではないのに、きのこの専門家という、風変わりな愛すべき人物です。きのこ好きの方々には、早速購入していただき、大いに活用していただきたいと願うものである。
実は、筆者には「
縄文時代のきのこについて」という論文もあり、「こまきのいせきものがたり」で紹介したことがある。あわせて、ご覧下さい。
著者略歴:工藤 伸一
1951年生まれ。東北のきのこ調査を目的とした「菌蕈研究甲蕈塾」を主宰。北日本のヌメリガサ科分類が専門のアマチュア研究家。現在、甲蕈塾菌蕈研究会塾長、青森県きのこ会会長。日本菌学会会員、同東北支部会副会長
監修:長澤 栄史
1948年生まれ。財団法人日本きのこセンター菌蕈研究所上席主任研究員。鳥取大学特任教授。専門分野は菌類分類学(とくにハラタケ目)。菌蕈研究甲蕈塾特別顧問
写真:手塚 豊
1951年生まれ。写真集団「善知鳥」に所属するアマチュアカメラマン。菌蕈研究甲蕈塾副主宰として東北各地のきのこの調査と撮影を担当。青森県きのこ会副会長。日本菌学会会員、同東北支部会員
目 次
きのこ用語の解説
きのこ用語の図解
本書におけるきのこの分類体系
きのこの新分類
食用きのこと毒きのこについて
東北地方における縄文時代のきのこ
単行本: 271ページ
出版社: 家の光協会 (2009/08)
定価:2,800円+税
発売日: 2009/08
はじめに
日本人はきのこ好きな民族であるといわれているが、そのことは、世界でも類を見ないくらい多くの野生きのこを採取し、食品として利用していることからもうかがえる。その数(種数)は一般的なものだけでも約80種に達するが、もちろんこれら種のすべてが全国一律に利用されているわけではない。きのこの分布や利用の歴史的影響を受けて、地域や地方によって利用されている種類は異なるが、これほど多くの野生きのこを食品として利用している国は日本をおいて他にないと思われる。きのこは自然、とりわけ森林との結びつきが強い生物である。これだけ多くの野生きのこが食品として利用されるようになった背景としては、日本の森林がその気侯と地形を反映して豊かで多様性に富み、多くの種類のきのこをはぐくんできたからであり、今もなお多様な森林が日本にあることの証しであろう。
きのこは庭先や公園、畑地や道端、草原や湿地などいろいろなところに生えるが、とくに森林に多い。きのこが「木の子」といわれるゆえんである。では、なぜ森に多いのだろうか。それはきのこという生物の性質に根ざした暮らし方と大きな関係がある。
きのこはカビと同じく、菌類という大きな生物のグループに属するが、このきのこを含む菌類は、私たち動物と同じように炭水化物やタンパク質、脂肪などの有機物を、自分の体をつくり、また活動のエネルギー源とするための食物(栄養源)として利用している。多くのきのこでは植物や動物の遺物(枯れ木や、倒木、落ち葉、枯れ草、動物の糞、鳥の死骸の羽や骨など)として残された有機物を栄養源として利用しているが(このような栄養法を腐生という)、なかには生きている植物や動物から直接有機物を得て、栄養源としているものもある。後者では、相手の生物に寄生し、一方的に有機物を奪って栄養源とする場合(寄生)と、一方的に奪うのではなく、きのこの側からも相手が食物として必要とするものを与える場合(共生)があるが、寄生的な暮らし方をしているきのこは全体からみると少数で、むしろ共生的な暮らし方をしているもののほうが多い。
共生的な暮らし方をしているきのこはさまざまなグループに広がっているが、相手の多くは樹木で、北半球ではマツ科(マツ類、モミ類、トウヒ類など)やブナ科(ブナやクリ、ナラ類、シイ類、カシ類)の樹木が代表的な共生相手である。日本を代表するマツタケやホンシメジのほか、アミタケ、ハツタケ、キシメジ、コウタケなど優秀な食用菌としてよく知られているものが多く、いずれも人工栽培が現時点ではできない、あるいは困難である。これらのきのこでは根の細根に菌糸を絡みつかせて菌根という構造をつくり、樹木から糖やアミノ酸といった有機物を食物としてもらう代わりに、地中に広げた菌糸を通じて集めた水や無機塩類を、樹木に食物として与えている。
腐生、寄生、共生という方法によって食物を得て暮らしているきのこにとって、森林はまさに食物の宝庫であり、また温度や湿度の急激な変化から身を守ることができ、最適なすみかということになる。ブナ林やアカマツ林というふうに、森林が異なれば、そこで見られるきのこの種類は一般に大きく異なるが、それは、きのこが食物という関係を通して樹木や他の植物、そこに書らす動物たちと密接な関係をもっているからにほかならない。きのこにとって森林はなくてはならない存在であるが、一方、森林にとってもきのこはなくてはならない存在である。もし、きのこという生物がいなかったら、森の中は植物や動物の遺物でいっぱいになり、また、乾燥地や栄養の乏しいやせ地での樹木の生長は難しいであろう。寄生的なきのこは邪魔者のように見えるが、弱った樹木を淘汰したり、多量に発生した害虫を殺したりして森を健全に保つ役割を果たしており、けっして邪魔者ではない。きのこはそれぞれがその暮らしを通じて森林ともちつもたれつの関係を保っているのである。
本書は、そのタイトルが示すように東北地方に分布するきのこを取り扱ったもので、約500種を写真で示している。それぞれの種類にはその特徴と共に、メモとして食用としての利用の可否、調理法、近縁種との区別点、あるいは学名や所属の変更などのきのこの分類に関する事柄などが述べられている。
本書の大きな特徴は、東北地方を代表する森林であるブナ・ミズナラ林のきのこを数多く紹介している点で、他の地方のそれらの森になじみのない読者にはおおいに参考になると思われる。また最近、新種や日本新産種として報告された種類や、著者やその協力者によって今後それらとして報告予定の種類が多く掲載されていること、いくつかの種類で分類学的新知見に基づく学名の変更が行われていることも、本書の特徴である。
ここに掲げられた種類は、東北地方に実際に分布するきのこのおそらく1/10にも満たないのではと思われるが、食用菌として広く利用されているもの、中毒例の多いものなど、代表的な種類はほぼ網羅されており、実用的には十分役だつと思われる。しかし、紹介されている種類は山野に自生する全体の数からみるとごく限られており(これは本書に限ったことではない)、採集したきのこのすべてを調べることは困難である。特徴を比較して少しでも疑問のある場合には、参考文献に掲げられたより専門的な書籍に当たる、あるいはきのこに詳しい人の鑑定を仰ぐなどしていただきたい。東北各県のきのこ同好会および日本菌学会東北支部などからも、東北の野生のきのこを取り扱った本が出版されている。本書と併せてこれらを参考にすれば、より、東北地方に分布するきのこに対する理解が深まることであろう。本書が、きのこ愛好家はもとより一般の人々にも広く読まれ、自然・森林とともに暮らすきのこへのなお一層の興味と理解が深められることを願ってやまない。
長澤 栄史
あとがき
東北地方は南北に細長いため、北と南では平均気温に大きな差がある。また、中央の山脈によって東西に分断され、日本海側と太平洋側では気候が大きく違う。そのため、植生も地域によってかなり異なるが、東北地方を代表する植生といえば、何といってもブナ帯のブナ・ミズナラ林である。しかし、今まで東北地方のブナ帯におけるきのこのまとまった報告は行われていない。
著者は、十数年前に、滋賀大学名誉教授の本郷次雄博士および(財)日本きのこセンター菌蕈研究所の長澤栄史先生のご指導のもとに『青森のきのこ』(グラフ青森)を執筆後、東北各地の調査をしてきた。その結果、ブナ帯固有の種をはじめ、世に紹介されていないさまざまなきのこがまだまだ多数発生していることがわかった。いずれはこれらをまとめたいと考え、前回同様、両先生にご相談したところ、快くご指導をお引き受けいただけることになった。そのさい、本郷先生からはご自身がまだ元気なうちに早くまとめるようお話があったが、まだまだお元気なご様子だったことから、大丈夫ですよと笑って答えたものだった。しかし、その数年後、調査もひと区切りがつき、これからという矢先に、先生が他界されてしまった。その後、長澤先生のご指導のもとようやく本書をまとめることができたが、著書の力不足で本郷先生にご報告できなかったことが残念でならない。
さて、ほぼ資料はとりそろったものの、この間、経済は低迷時期に入り、肝心の出版社が決まらないまま過ぎていった。このたび、家の光協会図書編集部とのご縁があり、出版していただけることになったことは感謝の念に堪えない。また、内容については長澤先生にご監修をお引き受けいただけることになったことはたいへん心強いことである。
現在、分類の世界ではDNA解析を用いた系統分類が主流になりつつある。しかし、分類とはいかに効率よく、かつわかりやすく整理するかであることを考えると、従来から用いられてきた肉眼的・顕微鏡的特徴を重視した形態分類は捨てがたい。とくに、きのこ愛好者やアマチュア研究者にとっては、形態分類がその主役の座を明け渡すにはかなりの年数を要するものと思われる。本書ではその形態による分類体系を採用しつつ、かつ最新の情報を極力とり入れることができた。また、きのこの食毒についても混迷している情報を精査し、整理することができた。これもひとえに長澤先生のご指導によるものであり、感謝の念に堪えない。
最後に、(独)森林総合研究所関西支所の服部力博士にはヒダナシタケ類について、(独)国立科学博物館の細矢剛博士には子嚢菌類について、ことあるごとに研究のためのご指導を懇切丁寧にいただいた。また、弘前大学の原田幸雄名誉教授、同田中和明準教授には日頃、菌類関係資料等についてご指導・ご協力をいただいている。さらに、写真および調査等については菌蕈研究甲蕈塾ほか多数の皆さまの協力をいただいた。この紙面をお借りして心より感謝の気持ちを述べさせていただきたい。
2009年7月 工藤 伸一
※写真掲載に付いては、著者から快諾を得た。記して、感謝申し上げます。